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長崎地方裁判所 昭和59年(行ウ)4号 判決 1985年7月31日

原告 法村進 ほか二二名

被告 長崎県知事

代理人 辻井治 篠崎和人 前田勇之助 中島清治 本山知城登 ほか六名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  五共第一六号共同漁業権免許の昭和五八年九月一日付切替え手続に関し、被告が別紙「共同漁業漁場図(二)」の赤線で囲まれる部分(上五島洋上石油備蓄基地計画部分)につき、漁場計画の決定をしなかつたこと、並びに同部分につき上五島町漁業協同組合に免許を行わなかつたことは違法であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の答弁

主文同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  上五島町漁業協同組合(以下、「訴外漁協」という。)は、昭和四八年九月一日、被告より五共第一六号共同漁業権(以下、「本件共同漁業権」という。)の免許を受け、その漁場は別紙「共同漁業漁場図(一)」のとおりであつた。

2  被告は、昭和五八年九月一日、本件共同漁業権の免許切替えを行つたが、それに先立ち、前項の漁場内である、別紙「共同漁業漁場図(二)」のうち赤線で囲まれた部分(上五島洋上石油備蓄基地計画区域、以下、「本件水域」という。)につき、漁業法一一条に基づく漁場計画の決定をせず、したがつてこの部分につき訴外漁協に共同漁業権の免許を与えなかつた。

3  被告が本件水域につき漁場計画の決定をしなかつたこと及び訴外漁協に共同漁業権の免許を与えなかつたことは、以下の理由によつて違法である。

漁業法第一一条は漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させるためには漁業権を免許する必要があり、漁業調整及び公益に支障を及ぼさないと認められる時は、知事は必ず漁場計画を樹立しなければならないとの趣旨である。そして「公益」の範囲は漁業の維持発展の見地から、できる限り限定的に解釈されるべきである。

すなわち、被告が本件水域につき漁場計画を樹立しなかつた理由は、実質的に同水域上に洋上石油備蓄基地を建設する目的があると考えられるところ、右石油基地は世界初の計画であり、安全基準を定める法律もなく、津波、台風等自然の猛威に対する対策が不十分で原油流出の危険の極めて高い施設であり、また、好漁場をつぶしてしまうものであつて、公害ではあつても公益ではありえない。

したがつて、被告が本件水域に共同漁業権を免許すれば公益に支障をきたすとして、漁場計画の決定をせず、かつ免許を行わなかつた不作為は被告の裁量権を逸脱したもので、違法である。

なお、被告の右不作為は、石油基地計画部分につき共同漁業権が放棄されたことを前提になされたものであるが、右漁業権放棄の問題については、原告らは別訴(長崎地裁昭和五六年(ワ)第二五六号、同五七年(ワ)第九三号)を提起しており、訴外漁協の右放棄総会決議は不存在か、または無効であること明らかであつて、被告の右不作為の違法性は更に大きい。

4  原告らは訴外漁協の正組合員であり、本件共同漁業権漁場で「漁業を営む権利」を有している。

漁業権の免許切替えは、特段の事情のないかぎり従前と同一の新免許がなされるべきであつて新旧免許は同一性を有するから、原告らは違法に除外された本件水域についても、従前同様なお「漁業を営む権利」を有している。

仮にそうでないとしても、本件水域を計画決定や免許から除外したことが違法と認定され、被告が漁場計画を追加決定し、免許すれば原告らは当然ここで「漁業を営む権利を取得できるとの期待権」を有している。

5  よつて請求の趣旨記載の裁判を求める。

二  本案前の被告の主張

1  原告らの訴えは行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という。)三条五項の「不作為の違法確認の訴え」と解されるが、被告は、本件水域を除外する形態において海洋上に漁場の区域を画することとしてこれを決定・公示したうえ、これに基づいて本件漁協が行つた免許申請に対し免許処分を行つたのであるから、この間に何ら決定ないし処分の留保、欠落、失念等不作為を問題とする余地は存在しない。

2  抗告訴訟たる「不作為の違法確認の訴え」にいう「不作為」とは、個人の具体的な権利義務に直接影響をおよぼす行政行為たる「処分又は裁決」(行訴法三条五項)についていうものであるところ、原告らの主張する「漁場計画決定」は、漁業権免許の前段階における計画の策定にすぎずそれ自体として直接個人の具体的な権利義務に影響を及ぼす行政行為ではないから、これについて抗告訴訟を提起し得ない。

3  抗告訴訟たる「不作為の違法確認の訴えは、処分または裁決についての申請をした者に限り、提起することができる。」(行訴法三七条)ものであるところ、本件免許処分については、訴外漁協が申請者適格ないし申請権を有するのであつて、原告らはこれを有する者ではないしまた原告らの申請行為も存在しない。したがつて、そもそも原告らは、漁場計画の決定についてはもちろん、本件免許処分についても「不作為の違法確認の訴え」を提起する原告適格を有しない。

三  本案前の被告の主張に対する反論

1  本件訴えは、いわゆる「無名抗告訴訟」である。

2  漁場計画決定は、これを前提とした免許付与行為とあわせて一連の行政行為であるから、計画決定そのものがすでに漁協に与える免許の範囲という、個人の具体的権利義務に具体的影響を与えるものである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3のうち、漁業法一一条の趣旨、本件水域が本件共同漁業権の計画ないし免許から除外されていること、原告らがその主張の別訴を提起していることはいずれも認め、その余は争う。

3  同4のうち、原告らが訴外漁協の正組合員であることは不知、その余は争う。

第三証拠関係 <略>

理由

一  不作為の違法確認の訴えは、私人からする「法令に基づく申請」に対し、行政庁が相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきにかかわらず、これをしないことについての違法を求める訴訟であり(行政事件訴訟法〔以下「行訴法」という。〕三条五項)、まず、私人から「法令に基づく申請」のされていることが訴えの要件になるというべきところ、本件訴えは、原告らによる「法令に基づく申請」の主張もないから、本訴を行訴法三条五項の不作為違法確認の訴えと解すれば不適法たるを免れない。

二  原告らは、本訴を「無名抗告訴訟」として提起したものであると主張するので検討する。

ところで、仮に法定抗告訴訟以外の無名抗告訴訟なる類型を認めるとしても、かかる訴訟類型は法定抗告訴訟の例外として補充的にのみ認められるものであるから、法定抗告訴訟によつて救済の余地のないものに限つてのみ認められるべきものと解される。

ところで本件をみるに、原告主張の本件水域に関する漁場計画の不決定ないし免許の不授与は、その局面のみを見れば被告の不作為の如く看取されないものでもないが、その実質は、被告が本件処分をなすに先立ち、本件水域を別紙「共同漁業漁場図(一)」に図示された部分から除外して漁場計画を決定し、これに対して訴外漁協が免許申請をし、その結果従来の漁場から本件水域を除外した免許がなされたということであつて、以上より明らかな如く、本件水域に関する「漁場計画の不決定ないし免許の不授与」を本件処分と切り離して論ずることは相当でないといわなければならない。

したがつて、本件訴えは、被告による本件処分が本件水域を含まない違法があると主張しているにとどまり、被告の不作為の違法を主張するかにみえて、その実質は、被告の作為「共同漁業権の免許」の違法を争うものにほかならない。

したがつて、これに関しては別途取消訴訟の提起の可能性があつた以上、本件訴えは不適法である。

もつとも、出訴期間徒過などの事情により取消訴訟提起ができなくても、行政処分の無効等確認の訴え(行訴法三条四項)を、これとは別に提起する余地はあるが、本件訴えは「漁場計画の決定をしなかつたこと」及び「免許を行わなかつたこと」の「違法」を確認すべきことを求めていること、主張自体、本件処分の瑕疵の明白性を具体的に指摘するに至つていないことなどよりすれば、本件訴えをもつて、行政処分の無効等確認の訴えを提起したものとみることもできない。

三  以上のとおり、本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渕上勤 加藤就一 小宮山茂樹)

別紙 <略>

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